のであります!

のびのび生きたい!のであります!

Don't play it , hit it!なのであります!

 皆さま、おつかれさまです。

ainame01です。

 音楽をカテゴライズいたしますと、多様な要素で分けることができますですね。洋楽に邦楽、ロックにフォーク、レゲエにラップ、打楽器に弦楽器、クラシックにポピュラー‥。そうしたなかにありまして、皆さま、和楽器雅楽などはお聞きになられますか?三味線に三線篳篥に太鼓、横笛に琴‥‥‥。無学なわたくしでは、これ以上スラスラとは出ないわけでありまして。高校のころでしたか、太鼓集団として知られます鼓童、そのドキュメンタリーを食い入るようにみたこと、ありましたなあ。日本人でありながら、和楽器についてあまりに無知であることを、反省したように思います。そして、社会人になりましてから、この方の放送を見たのであります!

 津軽三味線の大家 高橋竹山師であります!どのような内容であったかは、わたくし、もう覚えてはおりません。ただ、乞食、津軽、ほいど、風雪、激情、悲惨、そんな言葉が胸に突き刺さり、師の怒りに満ちた撥の音に、感動と悲哀のなか、涙したことだけはおぼえております。途中から、正座して見たのであります。生きること、そのために綺麗ゴトなど云っておれぬこと、誰も助けてなどくれぬこと、師は優しい語り口、柔和な笑顔で、怒っておられました。怒りに満ちた演奏と飾らぬ言葉、わたくしは深く深く感じ入りました。壮絶なその歩みに、わたくしのこころが、震えながら摺りよっていったのでありました。青二才のわたくし、なす術もなく、ただただ涙をボロボロ流して、見るしかなかったのであります。そして、そののち、写真の書 津軽三味線ひとり旅 を読みました。そして、また泣きました。いったい自分が、なんの理由で泣くのか、わたくし、分からなかったのであります。

 師は、もう鬼籍に入られておりましたので、その演奏を直に聞くことは、もうできませんでした。CDを買い、夜、電気を点けず、真っ暗ななかで、聞きました。横殴りの体を持っていかれるような暴風、無慈悲な雪と寒さ、空腹、絶望、そして怒り!そうしたものが胸に去来し、わたくし、声も出せなかったのであります。いまでも、うちひしがれてとことん落ちていたい夜、グズグズしている自分にケリをつけたい夜、師の怒りの撥を聞くのであります。師を思うと、わたくしのモヤモヤなど、ビビリ消え失せるのであります!

 そして、社会人10年が過ぎたころ、どうしても直に、撥の音を聞きたい!と、切望いたしました。そして、師に教えを受けた高橋竹童氏を知ったのであります。わたくし、チケットぴあで、演奏会のチケットを買い求めました。南足柄市民ホールというような名称でなかったか?という記憶であります。無知にして興奮しておりましたわたくし、南足柄は神奈川でございますのに、みどりの窓口で、静岡は熱海の足柄と、伝え間違ったようでございます!早桜で知られる河津を過ぎた辺りで、どうやら間違ったらしい!と気づいたのであります!興奮のあまり、相当早い到着予定で動いたことが、さいわいいたしまして、開演前に着くことができました。

 はじめて聞きます生の三味線の音、鳥肌がずっと立っておりました。ウットリなどではありませんね。三味線を聞くときは、全身で力んで踏ん張っていないと聞けない!そんな感じの、初体験でありました。唯一力みなく聞き入りましたのは、二胡の演奏のときでありました。小学生のときに読んだ、スーホの白い馬馬頭琴は、こんな音色かしらん?と、思ったのであります。

 竹童氏はおっしゃっていました。

 津軽三味線は、弾くのではありません。叩くのです!

 その通りでございました。壮烈なのであります、津軽三味線という楽器は!

 鬼気迫る!とは、この光景でありましょう!

 そして、明日の高橋竹山師を夢見て、いまも若い世代の撥を叩く音が聞こえることを、いつかぞやのラジオで聞きました。師の精神を理解し、その後ろ姿を追う若者がいる!ということ、なんと頼もしい!ことであり、なんと高潔!なことでありましょう。若い世代の前を向く姿、日本の未来は、どんなに暗くなろうとも、その火が消えることはない!そんなことを、わたくし思わせてもらうのであります!そして、わたくしの後期中年世代も、踏ん張ってみせるぞ!と、力をもらうのであります!

 明日の労働も、わたくし、がんばる!のであります!

 今日もお読みいただき、ありがとうございました!なのであります!